勝手から御三が御客さまの御誂が参りましたと、二個の笊蕎麦を座敷へ持って来る。 「奥さんこれが僕の自弁んの御馳走ですよ。ちょっと御免蒙って、ここでぱくつく事に致しますから」と叮嚀に御辞儀をする。真面目なような巫山戯たような動作だから細君も応対に窮したと見えて「さあどうぞ」と軽く返事をしたぎり拝見している。主人はようやく写真から眼を放して「君この暑いのに蕎麦は毒だぜ」と云った。「なあに大丈夫、好きなものは滅多に中るもんじゃない」と蒸籠の蓋をとる。